ネパール旅行 クマリについて

ネパールには、古くから続く「クマリ」という生きた女神の信仰があります。仏教徒の特定のカーストの幼い少女の中から、身体的な特徴や占星術など厳しい基準を経て選ばれ、初潮を迎えるまでの間、親元を離れてカトマンズにある「クマリの館」で神として暮らす伝統です。特別な祭礼の時以外は館から出ることも、地面に足をつけることも許されないと言われています。

正直なところ、ネパールを訪れる前の私の中には、クマリに対して少し暗い先入観がありました。「まだ幼い子どもが家族と引き離され、自由を奪われて館に閉じ込められているのではないか」「現代の視点から見れば、児童虐待や人権問題にあたるのではないか」と、頭の中の知識だけで勝手に「可哀そうな女の子」というイメージを作り上げていたのです。

そんな複雑な思いを抱えながら、旅行の1日目にクマリの館を訪ねました。美しい木彫りの窓がある中庭でしばらく待っていると、クマリのお付きの人がやってきて、集まった私たちにとても申し訳なさそうな表情でこう告げました。

「今日はクマリが眠たがっているので、お顔を見せることはできません」

私は思わずハッとしました。厳格な規律の中で、大人の都合で無理やり神様として振る舞わされているのだとばかり思っていたのに、お休みの理由が「眠たいから」という、あまりにも自然で子どもらしいものだったからです。がっかりするどころか、彼女の体調や「眠い」という小さな意思がちゃんと尊重されていることに驚き、なぜだか急にクマリという存在が気になって仕方なくなりました。

「やっぱり、どうしても会ってみたい」

そう思い立ち、2日目も再びクマリの館へと足を運びました。そしてついに、2階の窓辺にクマリが姿を見せてくれたのです。クマリは人前では喜怒哀楽を表に出さないと聞いていましたが、この日の彼女は、ふっととても可愛らしい笑顔を見せてくれました。(クマリの写真撮影は禁止です)

その瞬間、中庭にいたネパールの人たちから一斉に歓声が上がりました。みんなが本当に嬉しそうに顔をほころばせ、手を合わせ、心からの敬意と愛情をもってクマリをたたえていたのです。神様への畏敬の念だけでなく、地域の宝物である一人の少女をみんなで温かく見守っているような、優しく満ち足りた空気がそこには流れていました。

その光景とクマリのあどけない笑顔を見て、私は胸の奥からホッと安心することができました。眠い時には無理をさせずに休ませてもらい、周囲のお付きの人やネパールの人々から、これほどまでに深い愛情の中で大切に育てられているのだと実感できたからです。それと同時に、実際に自分の目で観てもいない、その場の空気に触れてもいないうちから「可哀そう」と発想していた自分自身を深く反省しました。

もちろん、だからといってクマリの存在や制度そのものを手放しで支持するわけではありません。伝統を守るために誰かが犠牲になるようなことは、決してあってはならないと思います。

けれど、彼女がどのような家庭に生まれ、どんな環境の中で育ってきたのかは、外にいる私たちには定かではありません。もしかしたらご両親は、娘の幸せを心から願うからこそ、一緒に暮らせない悲しみや寂しさをぐっとこらえて、クマリとして送り出したのかもしれません。そうした背景や家族の想いも分からないまま、自分のモノサシや表面的な印象だけで「ダメなことだ」と決めつけてはいけないのだと、強く気づかされました。

日々の暮らしの中でも、私たちはつい外側の情報だけで物事の良し悪しを判断してしまいがちですが、その奥には、外からは見えない事情やその場所ならではの愛情の形が存在しています。

あの窓辺で可愛らしい笑顔を見せてくれたクマリが、これからも周囲の温かさに守られながら、ずっと幸せに暮らしていけることを心から願っています。

投稿者プロフィール

石黒 要
石黒 要くれたけ心理相談室(バンコク支部)心理カウンセラー
くれたけ心理相談室(バンコク支部)は、タイのバンコクを拠点に心理カウンセリングを承っております。国内外問わず、Zoom・Google Meet・Skypeによるカウンセリングにて対応させていただいております。

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